書店員から版元営業に転職
タイトルのような方が、我々出版業界では増えているように最近感じる。
何を隠そう僕もそうで、他の版元の営業マンでも実は「元書店員」という方に最近よく出会う。
そして、だいたいその元書店員の書店員時代の仕事に対する姿勢に、共通していることがあることに僕は気付いた。
その二点とは、決して書店の仕事が嫌いで辞めたわけではない、ということと、接客が好きだったということ、この二点だ。
書店員を辞めた理由は人それぞれだと思うので、あえてここでは書かないが、書店員の仕事を辞めて、何が一番日々物足りなく感じることかというと、書店員をやっていたころは毎日「ありがとうございました」とお客様に向かって心からお礼の言葉を、大きな声で発していたということが、今は無くなってしまったことだということに、辞めてしばらく経ってから僕は気付いた。本当に接客が好きだったのだ。まあたまに、とても意地の悪いお客様から嫌な目にあわされることはあったけど、それは僅かで、ほとんどのお客様はいい人が多かったと思う。あと書店員の喜びといえば、刷り上がって間もない、あらゆる版元のあらゆるジャンルの本を最初に目にすることができることだろうか。
「え〜そんな心からお礼の言葉なんて、書店員が言ってるの?」などと懐疑的に思う人もいるかもしれないが、私の知り合いの元書店員の版元営業に訊くと、だいたい同じような答えが返ってくる。自分が並べた本を買ってくれたお客様には自然と心から「ありがとうございます」という言葉が出てきたものだ。自分が愛する本達を、同じく愛するお客様が店頭に訪れて、本を選んで買って行ってくれることが本当に、素直に嬉しかったから。ただそれだけのことだと思う。
でも、そんな風に素直に見ず知らずの他人に、心から「ありがとうございます」と毎日何十回も言葉を発する機会は、書店員を辞めた今はほとんどないと思う。他の小売業もそうかもしれないが、小売業の良さってそういうところにあるのかもしれない。
今は出版社で営業をしている僕が感謝の言葉を発する時は、書店に営業で訪問して、書店員の方に、積極的に注文をいただいた時だろうか。それは、あくまで「積極的」であって、「無理矢理」とか「しぶしぶ」とか、「惰性でなんとなく番線捺しちゃった」とかではなく、「この本ならお客さんが買ってくれるかもしれないから注文したい」とか、「これは面白そうだから売りたい!自分も買いたいと思うし!」とか、そんなふうに書店員が思ってくれる本を提案営業できて注文が出た時に心から「ありがとうございます」と書店員に言える時だ。
その一瞬の喜びを追い求めて積み重ね、前に進むための力としている、初老版元口べた営業マンの、苦悩と喜びの繰り返しの日々は、まだまだ続く。
(※この記事は、かつて僕が別の場所で書いていたブログを加筆修正した復刻記事です)
この記事の執筆・監修者
春日俊一(かすが・しゅんいち)
株式会社アルファベータブックス代表取締役。埼玉県生まれ。
若い頃はシンガーソングライターを目指しながらフリーター。その後、書店員、IT企業、出版社の営業部を渡り歩いたのち、2016年にアルファベータブックスに入社。2018年に事業承継して代表取締役に就任。