経験と人脈
経営者になるにあたって、とても助かったのは、長い付き合いのある、他の出版社の先輩経営者の存在だ。さらに、そういった出版社の先輩方から紹介してもらった人脈も経営でとても役に立っている。
実際に会社を何十年も潰さずに維持してきた方々の話にはリアリティがあるし、勇気も与えてくれる。
そういった他の出版社の方々の人脈は、前職で15年間働いたなかで繋がっていったものだが、それは前職で、様々な業務にチャレンジさせてくれたT社長のおかげでもある。彼の下で働けたことで、とても幅広い仕事の経験と人脈を得ることができた。
僕は前職の出版社では、15年間営業部に所属し、営業がメインで仕事をしてきたが、T社長は、営業であっても企画を出して編集もやることが「出版人」として、トータルで仕事の経験を積むためには時には必要だという考えをもった方だったので、僕は、15年で計27点の本の編集も担当することができた(「編集も」と書いたのは、当時、編集の仕事をしながら営業もやっていて、自分で編集した本を自分で書店や取次に営業することもあったからだ)。
そういうこともあって、出版社の経営をするにあたっては、営業から編集、倉庫物流管理業務、請求書の作成や消し込みまでの経理的な業務まで一通り経験していたので、あとは融資と財務を覚えれば、ほぼそれで会社の全体像を把握することができるようになった。
ただ、ひとつだけ、独立するにはちょっと足らないものがあった。
豊富な著者の人脈だ。
さすがに営業しながら編集もとなると、作る点数、担当編集をできる数は限られてくる。とても毎月1点以上なんて難しい。もし編集部で15年働いたならば、少なくとも100から200点の本を作ることはできるだろうから(年間20点以上、15年で300点も作る猛者の編集者もいますが…)、著者の人脈もかなりの数になるはずだ。
加えて、僕は営業部だから、ということもあったのか、社長や編集長から著書を紹介や引き継ぎされることもほとんどなかった。15年間いたが、たったの2人しか紹介してもらえなかった。
というわけで、僕は会社が持っている著者の人脈をほとんど使わないで、著者を探すことが多かった。いずれにせよ、前職では営業が僕の仕事の中心だったので、それは仕方がないことではあったが。
ということで独立するにあたって、自分の著書の人脈の数を見ると、かなり心細いものが正直あった。
ただ、見方を変えると、僕は会社の人脈にあまり頼らずに、本を書いてくれる著書を獲得することに慣れていたので、そうやって自分で獲得した著者は、他の先輩や同僚と仕事で比べられることもないし、直接利害関係もないので、その点は仕事がしやすかったし、本を書いてもらう著書ぐらい自分で見つけられるという自信にもつながった。
あちこち企画の種を探しつつ、一度繋がったら離さないようにしていくなかで、今では、一年、二年先ぐらいまで企画の予定を埋められるほど、付き合いのある著者もふえてきたのて、結果的にそれで良かったのかもしれない。
会社に頼り過ぎないことも(まあ、とはいえ会社の看板は使ったので、完全に頼らないで事を進めるのは難しいが)、孤軍奮闘することが多々ある仕事人生の中では、大切なことなのかもしれない。
この記事の執筆・監修者
春日俊一(かすが・しゅんいち)
株式会社アルファベータブックス代表取締役。埼玉県生まれ。
若い頃はシンガーソングライターを目指しながらフリーター。その後、書店員、IT企業、出版社の営業部を渡り歩いたのち、2016年にアルファベータブックスに入社。2018年に事業承継して代表取締役に就任。